#遙か3 #重望 前提の #知盛と望美 扇の骨の続き
2007/04/09




 何合刀を交えたのだろう。この手合わせは何度目なのだろう。この時空では三度目だろうか。

袂の泥


 互いの技術を高める為では無く、剣技の優劣を見極める為でも無い。そんな向上心から行われる打ち合いなら、体力的に劣る自分が疲労困憊してしまうまでずるずると長引かせたりしない。使っている刀はとっくのとうに刃が毀れてまともに使える代物ではなくなっている。手を抜いているつもりは無いのに気迫が足りないのは、お互い欲しいものは別の所にあるのを知っているからか。ただのストレス発散なら鈍ら刀で良いと思うのに、知盛が持ってくるのは何時も美しい拵えのよく研がれたものだった。結わえられていた髪は激しい剣戟の間にとけ始め、鬢のほつれが口元に貼り付いている。動きに合わせて押し出される息でその髪先が揺れ、不快感が増した。
 そんな事をつらつらと考えていたからか、振りぬいた剣は知盛の方に行かず、握力の限界を迎えていた腕から明後日の方向に飛んでいってしまった。
 知盛は、上がった息の所為で言葉を発する事の出来ない私と藪に突き刺さっている刀を見、何とも言えない表情をしている。仕方がないとでも言いたげに左右の手に一振りずつ握られた刀の片方を渡そうとするのを手で制し、桶に汲んであった水を柄杓で呷る。渇ききった喉に日陰で冷えた水は痛かったが、ようやく声を出す事が出来た。
「………もう、むり。いっぺん休憩にして」
「もう少し鍛えたらどうだ」
心底気にくわないという風に知盛が言った。
「なによ。これ以上筋っぽいかたーい体になれって? 冗談。絶対にいや」
怒りに任せて言葉をはしらせると、本調子ではない喉が痛んでむせてしまう。それを見た男は喉を震わせて笑った。柄杓を投げつけても容易に受け止め喉を震わせているから、蹴りを入れてやろうとすると知盛は足払いを掛けてきた。知盛の動きが見えていても、疲れきった私の体が思う通りに動いてくれなかった所為で地べたに這い蹲るような格好になってしまう。なんとか首だけを動かして見上げると、知盛は得意気に口角を上げていた。
「知盛はすぐに顔に出るよね、いいね何時も楽しそうでさ、充実した生活を送っていらっしゃるんでしょうねえ」
うつ伏せになったまま言葉を発すると、ふてくされた風になってしまって内心舌打ちした。
「…此処に戦は無いが別の場所には在るからな。何だ、お前は止めてしまったのか、ならば……」
「逆鱗はあげないから」
「…クッ、その気概があるなら良い。お前では無いなら重衡か。奴も顔にでる方だろう?解りやすいじゃないか」
ずっと横になっているわけにもいかないので起き上がって衣に付いた土を払いながら言葉をかえす。
「解りやすいから楽しく無さそうなのか解ってしまって嫌なの。充実してない感じが解るから」
泰衡さんにこき使われてはいたけれど、別れ際の銀は心の底からの笑みを浮かべて別れの挨拶を皆にくれた記憶があるのに、和議の前夜に会った重衡さんの笑みには違和感を覚えて引き止めてしまった。初対面に近い帯刀した女をよく追い返さなかったものだと思う。数ヶ月経った今はお互いの言動から本心を探るのに必死で、私も重衡さんも、顔に浮かべるのは楽しさからくる笑みではなく相手の気を引く為のもの。互いに好いているのは感じているのに如何してこうなるのか。
「お前が来る前に比べれば幾分増しに見えるが…」
銀と比べるのは間違っているかもしれない。銀は重衡さんでもあるが重衡さんは銀ではない。
「まだ足りないのに」
でも、また駄目だった。

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